活動報告

西部

(西部)秋の歩こう会を開催

爽やかな秋晴れに恵まれ、2026年10月23日西部社友会「豊臣秀長ゆかりの大和郡山を巡る」には60名の社友が参加し開催された。(参加者中の6割以上が女性) 

NHKの大河ドラマでは9月末に秀長が郡山城主になり大和郡山城下に商人を呼び寄せたり城を増築する際、近くに石切り場が無かったため城壁に寺社等からの礎石、庭石、五輪塔や石仏などの転用石が多用された場面等が話題となり、9月からは一般観光客が大勢押し掛けていることから、60名を4班に分け先頭には黄色いベスト着用のガイドさん、各班の最後尾(殿:シンガリ)には運営委員が旗を掲げ各班15名の参加者がはぐれぬよう対策を講じた。 

多人数で集合できる場所として、市役所に9:20迄の集合/集金としたため、近鉄郡山駅前から市役所前迄に運営委員3名が早朝より道案内、計画通り9:30出発し最初の訪問先「郡山城址」を目指した。10分余りで桐の紋が輝く立派な「大手門」前で神吉副会長のご挨拶後、集合写真。城内へ入り朱色の「極楽橋」は太鼓橋の形状していることから登り口にて全員の集合写真を撮影。天守台は徳川の世になり取り壊されたが、野面積みの石垣が残っており、ガイドさんよりの説明で梵字の入った転用石や石塔の礎石など様々な転用石を見付けることができた。最大の見所は「逆さ地蔵」参加者各々が膝を折り石垣の隙間からそのお姿を認めた後には自然に合掌。更にガイドさん説明によると石垣の中(奥)には数百体のお地蔵さんが使われているとのこと。天守台の上へ登ると東側に若草山、東大寺大仏殿、興福寺の五重塔、平城京跡など、また西側には葛城山や金剛山などが遠望できた。
尚、郡山城址は2017年に続100名城に選ばれ22年には国の史跡に指定された。

待ち合わせ場所の「大和郡山市役所」

極楽橋から約50m「天守台」を望む

 

 

 

 

 

郡山城より約300mで秀長さんの菩提寺「春岳院」を拝観。秀長さんの木造、有名な肖像画等の他、秀長さんが城下自治活動のシンボルというべき「御朱印箱」が現存。秀長さんは城下町繁栄のため奈良や堺の商人や職人を呼び寄せ綿町、塩町、魚屋町、材木町、紺屋頂、など箱本十三町をつくり免税とする代わりに一月毎の当番制とし治安・消火等を行う箱本制度をつくった。その当番町が持ち回ったのが御朱印箱。

大手門の手前でガイドさんの説明を聞く

「春岳院」の本堂前でガイドさんの説明を聞く

 

 

 

 

 

昼食は日本料理屋「翁」で奈良の地元野菜をふんだんに使用した「翁弁当」に参加者の大半が美味しいとご評価。食後には先ず秀長さん御用達の「本家菊屋」の古い建物をガイドさんが説明している間に半数以上の参加者が名物の「御城之口餅」をお土産に購入されていた。
おみやげ処「こちくや」珍しい金魚の置物など様々な土産物の品定めした後、店の奥で金魚すくいもできるが、1班・2班の参加者はどなたもご興味ないようで、直ぐ近くの箱本館「紺屋」へ行き、数百年前から続く(地中に埋め込み式の)染料の壺などを熱心に見学。

 次いで「町屋物語感」の見学。大正13年に建てられた木造三階の元遊郭建築で、各階の外周は特徴的な格子がはめ込まれ、内部には意匠を凝らした欄間や上質な数寄屋造りの小部屋が多く配置されており登録有形文化財に指定されている。

箱本館「紺屋」の土産コーナーにて

外堀緑地「南門」を入った所にて1班・2班解散

 

 

 

 

 

 

最後に訪問したのは「源九郎稲荷神社」古くは日本三大稲荷の一つに数えられ歌舞伎の義経千本桜にも出てくる源九郎狐伝説が伝わり、近年でも歌舞伎役者が梅や桜の寄進をされている。また、町内の子ども達がキツネのお面をかぶり踊る伝統があり、社務所内にそのお面が沢山飾られていた。 

解散前に各班の参加者より感想や意見をお聞きした後、JR郡山駅、近鉄郡山駅までお見送り、20名程度は印象深い大和郡山市内を更に探索すべく残留された。 

参加者よりの感想や意見の中で、最も多かったのは「昼食が野菜たっぷりで美味しかった」
次いで「ガイドさんの博識に裏打ちされた説明が良く分かり勉強になった」とガイドさんへの感謝、ご自身で「市内訪問経験あるが今回参加し再発見が多く大変良かった」等概ね好意的な感想が多く寄せられた。一方、「疲れた。途中で休憩したかった」「15名の後方はガイドさんの説明が聞き取り難かった」などの意見も寄せられた。

「極楽橋」の登り口にて参加者60名全員の集合写真

社友会川柳大会

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